お猿の戯言 homosapiensaru's babble


2009年8月29日[土] 仙台へ


仕事で仙台へ。

時間が空いたので、建築家伊藤豊雄の設計した「せんだいメディアテーク」を改めて観ようと足を伸ばす。最近では「ミキモト銀座2」や「多摩美術大学図書館」が話題になった建築家だ。
やはり面白いなぁ。素敵な空間にいると気持ちがいい。精神が高揚するし安らぐ。

現在リニューアル進行中の我々東京工芸大学の中野キャンパスの第2キャンパスの設計は、坂倉建築研究所にお願いをしているが、このファサードも面白いものになりそうだ。完成が今から楽しみだ。



2009年8月24日[月] 「シャボン玉飛んだ」


東京イラストレーターズ・ソサエティの恒例の展覧会が始まった。
今日はオープニングパーティに顔を出した。

今回のテーマは、日本の童謡・唱歌だ。

僕の選んだ歌は、「お猿のかごや」だ。
もうお猿しかないでしょ。
いつものようにぎりぎりに搬入し、スタッフの方々にはご迷惑をお掛けしております…。
時間に追われながらもいい感じに仕上がったのでは?と自画自賛。

新橋駅にほど近いリクルートのクリエイションギャラリーG8にて、9月18日[金]までやっておりますので、お時間のある方はぜひ足をお運びください。


 → http://rcc.recruit.co.jp/g8/index.html



2009年8月17日[月] ヨックモック


7月28日のdiaryにアップしたヨックモックのガトーセックバリエ「夏の帰省用ギフト缶」が、そろそろ完売しそうだと報告があった。
今年は、不景気の影響でお菓子が全体に売れないので心配されていたそうだが、評判がよくいい結果となりそうだということだった。
こういう報告はうれしい。

これから、年末に発売予定のガトーセックバリエ「ハート缶」の制作に着手する。
もうほとんど内容は決定しており、具体的な制作に入る。
こうして仕事があることはありがたいことだ。

今年の仕事の状況は、不況のせいか、自分史上未だかつてない最悪な状況だ。
昨年末あたりに、今年もまずまず行けそうだなんて書いた覚えがあるが、いやはやとんでもなかった!今年一年間に渡って決まっていた仕事もキャンセルになったり、予算が削減されるなどひどいものだ。

日本国中が窒息気味だ。日本人全体がこの閉塞状態を脱却するイメージを持たないととんでもないことになりそうだ。

8月30日に選挙もある。
前向きに意識を働かせ、よりよい方向をイメージして行くことがこの状況下だからこそ大事だ。




2009年8月15日[土] 終戦記念日


63年前のこの日、太平洋戦争が終結した。
人々が待ち望んだ平和がようやく訪れたのだ。

そのとき、父は中国にいた。
ひとりの兵士として終戦のその日、中国にいた。

世界が平穏に包まれ、父を乗せた列車は日本へ向って走り出した。

…否、父を乗せた列車はロシアの強制収容所へ向っていた。

世界に平和が訪れた瞬間から父のもうひとつの戦争が始まった。
当時父は23歳である。それから数年に渡るシベリヤ抑留者としての捕虜生活が始まった。

20代前半の多感な7年間を戦争のために捧げた。
最も自由を望む時期であるこのひとりの若者の苦しみの時間を平和ぼけしたこの日本の中で我々はどれくらい理解できるだろう。


父は、シベリヤ抑留の話を「露助(ロスケ)がよう、こんな風に言ってよう」などと時折面白おかしく話すことはあったが、真面目に話してくれようとはしなかった。無論、こちらも真剣に話が聞きたいとせがんだこともなかったが、父が82歳のとき、ちゃんと話を聞かねばならないと強く思うようになった。というのも第二次世界大戦を体験した人たちが高齢になり、生き証人たちがこぞって亡くなり始めたからだ。最も身近にいる自分の父が貴重な体験者であることの意味を急に感じるようになった。早く話を聞かなくちゃという焦燥感も感じていた。

当時は、北朝鮮の拉致問題が大きく取り上げられ、シベリヤ抑留者たちの解決されていない多くの問題が闇に葬り去られそうになっていたことも加担した。この問題が解決しなければ本当の意味での第二次世界大戦はまだ終わらない。
話を早く聞かなくちゃ!…と感じていたところに、童心社という児童出版社から太平洋戦争についての書籍を出版するという話が持ち上がり、その装幀を依頼された。ベストチャンスだ。これを機にぜひシベリヤ抑留に関してのインタビューを父に試みようと考え、自分にその項目に関しての担当をさせて欲しいとお願いした。
こういう機会がなければなかなか父にインタビューなんてできないし、父もまた胸に秘めた辛さを語ろうともしなかっただろう。

記憶が淀んでしまっている部分も多々あったが、いろんな話を聞くことができた。その内容は、「わたしたちのアジア・太平洋戦争3—新しい道を選ぶ(童心社)」に収められている。
父が語った言葉以上の苦しみが現実にはもっともっとあったに違いない。そのことを思うと自然に涙がこぼれてしまう。

父は、伝えるべきことを吐き出してしまったら、自分の役目が終わったかのように、この本の出版を待たずに逝ってしまった。2004年の1月のことだ。その二ヶ月後に本はできあがった。

贅沢と気がつかずにしている贅沢や自由の中で見えなくなっている自由というものがある。
もっともっと生きるということをポジティブに捉えていかねば、生かされていることに申し訳ないと強く強く念う。


 → 童心社「わたしたちのアジア・太平洋戦争3—新しい道を選ぶ」


わたしたちのアジア・太平洋戦争1~3
古田足日、米田佐代子、西山利佳 編
各巻 定価3,465円 (本体3,300円+税)
童心社 刊



2009年8月14日[木] 鴻池朋子展

ⓒtomoko konoike
ⓒtomoko konoike
ⓒtomoko konoike
ⓒtomoko konoike


積極的に観ようとは思っていたが、期待はせずにいた。

そのせいではないだろうが、思いの外よかった。
面白い展覧会だった。

珍しく長く会場にいた。
見る者の滞空時間を稼ぐのは大変なことだろう。
無論、滞空時間を稼ぐために作品を考える訳がないことは分かっていながらもそんなことを考えたりもした。

人々の共通認識事項でありながら普段は無意識な部分にすとんと入る世界観だ。

自分が人間という特別な存在である前に、太陽系の中にある地球という惑星に棲息する一生物であるに過ぎないということに立ち戻ることが必要であり、その認識の元、再度人間としての超個人的な、翻せば普遍的な精神の営み・作用といったことを知ることが大切である。先日観たゴーギャンの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」も同じことだ。
表現には思想が必要であり、思想はまた表現を必要としている。

一方、手放しでこの展覧会を喜べない自分がいることは否めない。
自分は、「感動」というキーワードにこだわり過ぎているのだろうか。
会場にいる間中、芸術作品を観ているというよりは、テーマパークの良質なアトラクション会場にいるようで…そうそう博物館のジオラマを観ているような、何か考えをよりよく伝えるために大型の絵にしたり、立体物をこしらえたり、映像表現したりという感じがして、知識といった表層的な部分を大いに刺激してはくれるものの、人のはみ出してしまう感性つまりは魂といったところの奥深くに作用する刺激が来ないのが寂しく、表現におけるダイナミックさの部分に物足りなさを感じた。良質な芸術作品に触れると、この現実から精神を解き放ち、次元の壁を越えさせてくれる感覚があるが、今回は常にこの現実に、地に足をつけての鑑賞だった。

満足できないことが多いのは、要するに偶然性をコントロールできる作家の作品との出会いが少なくなってしまったということだ。

まぁ、こうした問題意識が持ち上がるということは、逆に言えば自分に向って目指す表現の方向性を示唆している訳で、言えば言うほど自分に首を絞めることになる。
ということで、そろそろこの辺にしますが、分かっていることは、自分にとっては茶碗一個、書の一文字であちらへ逝けちゃう感覚がいいんだということです。


この展覧会は、9月27日までやっていますので、ぜひ足をお運びください。


 → http://www.operacity.jp/ag/



ⓒtomoko konoike




2009年8月13日[木] 信頼関係

ⓒhiroki taniguchi
ⓒhiroki taniguchi


村上龍の番組をチラ見していた。
つくばの農業関係の方が出演され、
信頼が人を動かすというような話をされた。

ニーズを探るのではなく、信頼を築くということ。

信頼できるものがあること。
信頼できる者がいること。
信頼できる相手がいること。

なんて素晴らしい。
今日は、万人が愛を確かめ合う日に違いない。
村上龍の番組に出ていたおっちゃんは
そんな風には言っていなかったんだろうが
僕にはそんな風に聞こえてきた。

愛を体現できる世界が眼の前にあること。
それをしっかり抱きしめることができること。

涙が出るね。

おっちゃん、ありがとう!



2009年8月12日[水] 断食道場

ⓒhiroki taniguchi
ⓒhiroki taniguchi


以前お世話になっていたヨガの先生と熱海の断食道場へお邪魔した。先生とはほんとに久し振りだ。
会って顔を見るなり、「視力が弱まってますねぇ」と一言。確かに、涙眼っぽいときが多くなったなぁと思っていた。パソコンのせいかなぁとも思うが先生に言われるとドキッとする。

本来なら一泊するのが通常のメニューなのだが、仕事に追われているので日帰りだけのデトックス体験をしようとやってきた。

9:00には道場へ入っただろうか。
まずは梅干しとおろし生姜にお醤油をかけた梅しょう番茶と、「腸キレイ!」焙煎食をいただき、会長のお話しを伺った。
会長のお話しは、現代人の食に関する考えが誤った方向に向かっているという大変考えさせるお話しだった。自分にとっては耳慣れた内容ではあったが、最近こういう世界観から離れているなぁと感じ、取り戻さねばいけない感覚だなぁと思いながら聞いていた。

お話しの後、梅干しをひとつ口に含み熱海の海岸へ向った。砂もぐりをするのだ。

海岸線から七メートル辺りに穴を掘り、背をもたれるような感じで穴に入り、首だけを残して砂をかける。だんだんと毛穴が開いて体内の毒素が排出されていくそうだ。ひどい人は、自分の身体から出た毒素の悪臭に辟易し砂から飛び出してしまうということもあるそうだ。それくらい効果があるそうだ。
10:30から3時間ほど砂にもぐっていた。途中、お昼はお茶(このお茶は噛むように飲めと言われた)とさつまいもの葉に包まれた玄米を炊き込んだちまきのようなものがひとつ与えられただけ。
日差しを避けるための傘を頭にかざしながらいつの間にか眠り込んでいた。不思議と汗をかかない。
13:30過ぎに、砂から出ると、先生が汗を流そうと(伊豆山温泉の元湯だと思うのだが)「走り湯」という場所へ案内していただいた。炎天下の中を歩くこと30分くらいでたどり着いた。
「走り湯」は洞窟になっていて、中には温泉の源泉があり、入ると洞窟の奥からぼこぼことお湯が沸いている音が聞こえてくる。その蒸気が洞窟内に充満しており、ミスト系の天然サウナ風呂といった感じだ。すぐに体中から汗が噴き出してきて、細かい砂と毒素が洗い流された。

その後、道場に戻り、今日は久し振りにヨガをやった。
ほんとにヨガはいいですね。これまじめにやったらすごいです。身体に効くぅ〜!って感じですよ。スピリチュアルなものが全身に染み渡ってきます。ホットヨガでなく、本道のヨガをお薦めです。

そして、夕飯前に失礼して、東京へ向いました。
先生、どうもありがとうございました。合掌!




2009年8月9日[日] 審査と視察


午前中、銀座のBARTOKギャラリーへコンペの審査をしに伺う。
25点の作品を採点し、それぞれの作品にコメントをお伝えした。
言うことが分かり易いと感激されたが、いつもの調子で話しているだけなんですよ。

その後、蒲田へ向う。
東京工科大学のオープンキャンパスだ。
2010年4月より、デザイン学部が新設されるということでその内容をお伺いしに、重鎮らとともに出向く。

デザイン学部の説明をお聞きし、キャンパスを後にした。
そのまま解散となる訳がなく、蒲田で15:00くらいから呑みだした。
途中大きな地震があったが、何食わぬ顔で呑みながら作戦というか、検討会議というかをやっていた。

さて、暗くもなったしそろそろ解散!と思ったが甘かった。最重鎮がカラオケをしようと言い出し、断わりようもなくつきあうことに…と言いながら、実は歌いたかったりして(笑)。
結局、解散した頃にはいい時間となりました。



2009年8月8日[土] シャツ&ジャケット


記憶は定かではないが、確か御殿場のアウトレットでだったか、メンズはどうせ…と期待せずになんとなくMARGARET HOWELLにふらりと立ち寄ったら、意外や意外、これがよかったんですね。スプリングコートでいいのがあったなぁ。今、思い出すと買えばよかったかなぁなんて後悔していたりする。

昔はお気に入りのブランドがあったけれど、最近はこのブランド!って感じのものがないので、合う服を探すのが大変。

そうだなぁ〜、久々に服買いたいなぁ。

たまにはお洒落して、フレンチなんてのもいいね。

なんて、おんなのこみたいなこと言ってるね。
でも、まぁどちらかというとぼくは慢性中2病を患った女子だなとは思うが…。



2009年8月6日[木]〜7日[金] コミュニケーション入試


二日間、AO入試のための体験授業を実施した。
体育館で工作をしてもらった。
平面構成やデッサンを期待していた受験生たちは
初め戸惑い裏切られたという意識から、
結局は冷たくされると逆に燃え上がってしまうというようなことになって、
むしろファイトしてくれたようだ。
全体に期待していた以上の内容となって、手応えを感じることができた。



2009年8月4日[火] BIRTHDAY PIRTY


夏休みに入ったものの、前期の成積の採点等のお手伝いでTAのみほこさんに来てもらった。
ごめんよ。
みほこさんはよくやってくれる。みほこさんに介護されないと何にもできない(笑)。みほこさんがいないと授業が成立しないと言っても過言じゃない(笑)くらいよくやってくれる。いつもありがとう!

夕刻になって、一通りの仕事を済ませた彼女が研究室にやってきた。
「センセ〜イ」と言いながらドアを開けたなぁと思ったら、突然部屋の灯りが消えた!
「何事!」と思うと同時に「HAPPY BIRTHDAY!!」とみほこさん以外の声がして、ろうそくの灯ったケーキが暗がりの中からぬっと現れた。おおっ!びっくり!

声の主は、みほとひろこだ。
サプライズでバースデイのお祝いに駆けつけてくれたのだ。うれしいねぇ。
みほは料理が得意でその専門家を目指している。得意の料理をこの日のためにこしらえて来てくれた。どれもみな美味い。シャンパンを開け、しばしの間、研究室はパーティ会場になって、わいわいがやがやと騒がしく盛り上がった。

そうそう、プレゼントに万華鏡のキットをいただいた。
ほんっとにありがとう!



2009年8月3日[月] MY BIRTHDAY

ニモでござる
ニモでござる


52歳になった。
年齢を重ねると見えてくることがあって、歳をとることは悪くない。
若いときの自分より数十倍、今の自分の方がいい。

高齢になれば死へ近づくという俗に云われるマイナスイメージ的先細り感よりも逆にミラクルを起こせる振幅が大きくなっていくような、深いものに接する感覚が豊かになっていくような感じがしている。自分の信じたもの、信じようとするものに対してはどこまでも深くコンタクトができ、ことが明確になっていく。全体に及ばなくともその深度があればあるほど全体に響き渡ることにもなる。人生の中で淘汰されたものがこれでもかというディテールを披露してくるから面白い。



仕事帰りに六本木ヒルズの森美術館へ(ここは遅くまでやっているからうれしい)。
艾未未(アイ・ウェイ・ウェイ)展に行く。
期待せず行ったらなかなか面白かった。

ついでに展望台に立ち寄って夜景を観る。水族館も併設しているので覗いてみた。
夜の展望台は、カップルばかりで自分も客なのになんだかデートの邪魔をしている野暮な輩みたいな気がしてくるから厭になる。

折角なので、夜景をカメラに収めようと東京タワーに向ってシャッターを切るが、みんなぶれてしまう。が、よく見るとぶれた光が♡のようで、東京タワーをキャンドルに見立てれば、東京の街がまるでケーキの様で夜景が誕生日を祝ってくれてるんじゃないかという気がしてきた。大きな存在に愛され祝福されていると勝手に思うことにした。感謝!




2009年8月2日[日] 水戸のギャルリ しえるへ


久し振りに水戸へ出かける。
西成田育男氏の個展を観るため、仕事に追われながらも必死に時間を作る。
というのも、彼から届いた今回の個展のDMを観て、これまでとは違うオーラを放っているのを透かさず見逃さなかった。
これは観なくてはという期待感とともに焦燥感とも危機感ともいった自分を煽る何かやばさがそこには在った。とにかく、そのときにこの個展だけは見逃さないようにしなくてはと感じた。

しかし、ひどいことに仕事の忙しさの中ですっかり彼の個展の会期のことを忘れてしまっていた。そこに彼から電話があり、会期が今日までと告げられ大いに慌てた。これを見逃すと不味いよと言わんばかりの雰囲気で、彼自身もこれまでと違う自信のようなものを感じている風だった。

会場に入ると、僕の中で最高の西成田育男がそこに在った。

何かジャンプしたんだろうと思った。これまでの西成田を超える瞬間があったんだと思わせるものが画面にみなぎっていた。

日々継続している小さな積み重ねの中に大きな糧が隠されているんだと実感した。